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Sherlock Holmes(シャーロック・ホームズ) <原作> コナン・ドイル | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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<紹介> 性格は極めて冷静沈着。行動力に富み、いざ現場に行けば地面を這ってでも事件の一端を逃すまいと血気盛んになる活動家。反対に兄のマイクロフト・ホームズはシャーロックよりも鋭敏な頭脳を持つが捜査に興味が無いために探偵にはならなかった。 アントニオ・ストラディバリ制作のヴァイオリンを所有しその名手。ボクシングはプロ級の腕前。東洋武術のバリツを体得しており、化学実験を趣味とする。ヘビースモーカー。事件がなく退屈すると拳銃で壁に発砲して弾痕でビクトリア女王のイニシャルを書いたり、事件のないときはコカイン・モルヒネに惑溺する悪癖があったが、後にワトソンの協力もあり、止めることができた。 大学時代に友人の父親にまつわる事件(グロリア・スコット号事件)を解決したことで、探偵業を志すようになり、大学卒業後に大英博物館近くのモンタギュー街で開業した。1881年(が有力とされている)、ベーカー街に引っ越す際に、ルームシェアの相手としてワトソンと初めて出会う。このとき、ホームズは相手を見ただけでアフガニスタン(アフガン戦争)帰りだと見抜きワトソンを驚かせた。さらに、相手の用件も聞かずに、自ら確立したばかりの新しい血液検出法について熱心に語り出したこともワトソンを驚かせた(緋色の研究)。 ワトソンと共にベーカー街の下宿で共同生活を始めた頃から名声が高まり、海外からも事件解決の依頼が寄せられるようになった。1891年に犯罪組織の頭目モリアーティー教授との対決(最後の事件)で、モリアーティー教授と共にスイスのライヘンバッハ滝の滝壺に落ちて死亡したと思われたが、落ちたのはモリアーティーだけであったと後に判り(空き家の冒険)、ホームズはモリアーティー一味の残党から逃れるために姿を消したとされた。 失踪中の行動ははっきりしない。ホームズ自身の説明によると、マイクロフトに資金を援助してもらいながらモリアーティー一味の残党を倒そうとしたが上手く行かなかったという。 失踪から3年後、モリアーティーの腹心の部下モラン大佐を捕まえるためホームズはロンドンに戻った。老人に変装してワトスン宅を訪れ、ワトソンが背中を向けた隙に変装を解いて正体を明かす、という茶目っ気のある方法で再会したためワトソンを気絶させるほど驚かせた(空き家の冒険)。モラン大佐の逮捕後は、失踪前と変わらず探偵業を続けた。晩年のホームズは探偵業を引退して田舎で養蜂の研究をしていたが、第一次世界大戦の直前には政府の依頼でドイツのスパイ逮捕に協力した(最後の挨拶)。 生年月日や家族など私的な事柄については、本編中にはっきりした記述はない。ただ、生年月日は1854年1月6日とする説が有力である。シェイクスピアの『十二夜』の台詞をくりかえし引用したり、「恐怖の谷」で1月6日に誕生日を徹夜で祝ったともとれる描写があることから、多くの読者に支持されている。没年については1920年代から1950年代までさまざまな説がある。最も強く支持されているのは「現在も生存している」とする説だが、これを除けば1957年1月6日説(享年103)が最も長生きな説である。 家族については、兄マイクロフト以外はほとんど言及がない。「ギリシャ語通訳」では祖母がフランスの画家オラス・ヴェルネの妹だと述べている。また、「ノーウッドの建築業者」ではワトソンが開業していた病院を買い取ったヴァーナーという若い医者が、ホームズの遠縁に当たるという記述が見られる。 出身大学についても本編中にはっきりした記述はない。だが、「グロリア・スコット号事件」でトレヴァー青年をコレッジで唯一の友人と記述し、「マスグレーヴ家の儀式」でレジナルド・マスグレーヴを学寮が同じでちょっとした知り合いと記述している。この2人は大学が異なるため、ホームズは2つの事件の間に大学を変わったのではないかと考える研究者がいる。その2つの大学は、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学であり、ホームズが1つの大学の学生であったと考えている研究者も、彼が通った大学はこのうちのいずれかだろうと見なしている。 ホームズのモデルは、作者の医学部時代の恩師で外科医であるジョーゼフ・ベル博士とされている。ベル博士は病気の診断には観察力が重要だと学生に説き、訪れる患者の外見から病名だけでなく、職業や住所、家族構成までを鋭い観察眼で言い当てて学生らを驚かせた。コナン・ドイルは学生時代にベル博士の助手を務め、その所業を日頃から目の当たりにしていた。 作者は「シャーロック・ホームズ」と名づける前に「シェリングフォード」 (Shellingford) と仮に名付けていたといわれている。 シャーロック・ホームズはよくアブダクションを使う。徹底した現場観察によって得た手がかりを、過去の犯罪事例に関する膨大な知識、物的証拠に関する化学的知見、犯罪界の事情通から得た情報などと照らし合わせて分析し、事件現場で何が起きたかを推測する。 しばしば消去法を用い、「全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」と述べている。 彼の観察力の鋭さは『銀星号事件』で犬が吠えなかったことを指摘したように、現場で起きたことだけでなく、現場で発生すべきなのに起きなかったことに注目したことに表される。 この事例は、ミステリ小説界にとどまらず広く学問の世界においても、注意力と観察力はいかにあるべきかを示す事例としてよく引用される。 彼は音楽とタバコと有毒植物と今までの犯罪に特に詳しく、前例とタバコで解決した例も少なくない。タバコの灰の見分け方に関しては論文も書いている。 多数ある映像化の中でグラナダテレビの5本のシリーズに主演したジェレミー・ブレット (Jeremy Brett) が、シドニー・パジットの描いた挿絵そのままと言われたメイクで好評を博した。 ![]() シャーロック・ホームズ ジョン・H・ワトスン |
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